「……おはよう、雪月」
「雨月、…おはよう」
「あら、早いのね?」
「!
おばーちゃん、おはよー」
「おはよう、おばあちゃん」
「ふふ、今日はstair☆sのライブなんでしょう?
楽しんでらっしゃい」
「…うん!」
おばーちゃんの言葉に笑顔で頷きつつも、少しだけ不安も感じていた。
…stair☆sの、アイドルのライブってどんな感じなんだろう。
近くに竜たちがいるけど、俺にとっては初めての場所なわけで。
…stair☆s本人に会った時より、緊張してるかもしれない。
「…じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃい。
気をつけてね」
「…うん、ありがと!
行って来まーす!」
待ち合わせ場所である事務所に着くと、既に柳原さんや流衣、竜がいた。
…そういえば、近いところに住んでるって言ってたっけ…。
「お待たせー」
「あ、2人とも」
「ちゃんと、グッズもあるみたいだな」
「それはもちろん!
……でも、俺ライブって初めてだから何したらいいとかよく分かんないんだけど…」
「だいたいは中に入ってからわかると思うけど、もし余裕があったら、思いっきり動くと良いんじゃないかな?」
「…思いっきり、動く?」
「…あ、今回のライブってスタンディング…」
「うん。
…まあ、全曲ってわけじゃないから、基本は座ってると思うんだけどね」
「…立ってライブ観るなんて、あるんだな」
「きっと、すごく楽しいと思うよ」
「…そうかな?」
「うん、きっと!
…って、もう冷さん車乗ってる…!
…行こうか」
「うん!」
柳原さんの運転で、どんどん景色が変わって。
コンビニも、カフェも、いつも行くようなところはすぐに通りすぎた。
…そして、気づくと今回の会場、アリセットドームにいた。
「…うわ、でか……」
「…stair☆sさん、こんなところでライブするんだ…」
「本当は、悠ヶ崎スタジアムを取りたかったって言ってたみたいだよ」
「悠ヶ崎……って、あのめちゃくちゃでかい…?!」
「そうそう。
…まあ、本当にあそこでライブって言ったら俺たちびっくりしすぎてここに来れなかったかもしれないけど」
「…あそこ、アイドルがライブしたことあるの?」
「…確か、昔1人ライブしてたな」
「…ああ、してたね」
「…昔、って今はいない人?」
「…うーん、…まあ、色々あったみたいだからね」
「…ふーん…?」
「それより、中入ってみる?
まだリハやってるか準備中だとは思うけど、俺たちなら入れると思うし」
「いいの?」
「…冷さん、悠希さんにLEENE…」
「もうしてる。
許可取ってあるから、入っていいぞ」
「やった!」
「…あ、でも、stair☆sの楽屋付近にはまだ行くなよ?
ライブ終わったら挨拶することになってるから」
「はーい」
「雨月、どこから行きたい?」
「…そりゃもちろん、ステージ!…って言いたいけど…」
「…けど?」
「物販も、見てみたいなって」
「ああ、始まっちゃうとファンの人でいっぱいになっちゃうから行けないしね」
「じゃ、行くか」
「…あ」
「?
…あ」
後ろで声がして、振り返ってみると。
見たことのある4人が立っていた。
「昨日ぶりだね、aquaのみなさん」
「奏さん!」
「俺たちも、一緒に行っても良いですか?」
「…柳原さん」
「ああ、それもさっき聞いといた。
ここで会うような気はしてたし」
「さっすが冷さん、仕事はやーい」
「…流衣が言うとなんか微妙だな」
「いや微妙ってなんで?!」
「はいはい、行くよー」
「…そういえば」
「?」
「俺たちのこと、さん付けしなくてもいいですよ」
「…あ」
「話し方だけフレンドリーになって、呼び方は変えてなかったね」
「じゃあ、俺呼び捨てとかもあり?」
「うん、いいよ」
「じゃ、春と陽!」
「雨月と、雪月!」
「俺はまだちょっとくん付けでも良いかな?」
「もちろん。
俺も、出来ればくん付けが呼びやすいから、慣れたらがいいな」
「…ありがとう、春くん」
「こちらこそ、…雪月くん」
「じゃあ、俺たちもフレンドリーにする?」
「…俺と竜は最初から呼び捨てだったな?」
「…ああ」
「つまり、俺と…奏、だけ?」
「みたいだね、流衣」
「…あ、俺春くん陽くんはくん付けで」
「うん、俺もその方がいいかな」
「俺は呼び捨てで」
「ああ、俺も」
「…うん、これでなんか仲良くなった気がする!」
「やっと友達、くらいになれた感じするかも」
「わかる!」
「俺たちがデビューしたら、一緒にライブしたりしたいな」
「あ、俺も思ってた。
…その時は、よろしくね」
「こちらこそ」
「…で、まず見るの物販だっけ?」
「あ、そうそう…って、早くしないと開場する…!」
「えーあーどっちだっけ?!」
「多分、こっち!」
「よし、行こう!」
陽に着いて行きつつ、急いであちこちを見て回った。
…どこも、ライブに向けてやるぞ!って感じがしてて、キラキラ輝いていた。
「なんか、俺この空気好きだな」
「…うん」
「いいよね、この、やろう!って感じ」
「俺たちの初ライブも、こうだったらいいな」
「そうだね」
「はっ、初ライブ、俺観に行くから!」
「もちろん、俺も」
「ああ」
「俺も、観に行きたいな」
「…えっと、予定っていつだっけ?」
「ゴールデンウィーク…って言ってたな?」
「…あー、まあその辺だな。
詳しくはaquaのレッスン状況にも寄るから、決まり次第LEENEする」
「了解でーす」
「ありがとうございます」
「…よし、じゃあ探検終わりにして席行く?」
「そうだね、そろそろ行こっか」
先頭を歩く流衣、竜に続いて俺、雪月と後ろにICEが並んで歩く。
「…雨月くん、ここに来たことある?」
「俺?
…ないかな」
「うん、俺もないと思う…。
春くんや陽くんはデビューしてから、来たことはある?」
「ない…かな。
陽も俺も、レッスンで忙しかったから…」
「じゃ、初めて仲間だな!」
「なー!
…っと、ここが俺たちの席?」
「うん、そうみたい。
…今年はここなんだ」
「…去年はあそこだったよな」
「…あ、そっか2人は来たことあるんだっけ?」
「まあ、仕事で、だけどね。
ゆっくり見る時間もなくて、席を知らされただけだったんだけど…」
「今年の方が、見やすいな」
「あ、それ俺も思ってた。
良い時にライブに来れて良かったよね」
「…関係者席ってこんなに近いもん…?
なんか、緊張する…」
「先輩のライブを観に来たわけだし、多少は緊張するけど…楽しんじゃえばきっと忘れるよ」
「…うん」
「…あ、stair☆s」
「織さん、ここの立ち位置なんですが…」
「…はい」
「ひかるさん、『レヴィ』の入り、タイミング調節良いですか?」
「大丈夫でーす!
お願いします!」
「…これが、ライブ前…」
「きっと、俺たちもこんな感じなんだろうね」
「リハって俺たちが見て良いんですか?」
「…多分、大丈夫だと思うけど…。
一応冷さんに確認しておこうか」
「…あ」
「?
あ」
関係者席でこそこそ話をしている俺たちに、気づいたstair☆sが近づいて来た。
…織さんもひかるさんもキラキラしてる…。
「おはよう」
「おはようございます」
「ボクたちのライブ、楽しんでってね!」
「はい!
…って、これからリハーサルなんですよね?」
「うん、そうだよ」
「リハと本番、両方観たら勉強になるでしょ」
「…!」
「しっかり観て、君たちのライブに活かして」
「…はい!」
柳原さんの連絡を待つことなく、本人からOKが出て。
そのまま、俺たちは席でstair☆sのライブの最終リハーサルを観ることになった。
「最終リハ開始まで5分です!」
「…はい!」
「…人、集まって来たね」
「普通の席にもいるんだ…」
「どう見えるか、どう聞こえるかを試してるんじゃないかな」
「…あ、最終調整のため?
……でも、もうこれで本番なのに…」
「本番前、出来ることは全部やって挑むんだよ」
そう言った流衣の顔は真剣で。
…ちょっと、スタッフの顔になってた気がする。
「リハ、始めます!
3,2,1……」
パッ…
ライトがついて、stair☆sの姿が照らされる。
キラキラしていて、でも、親しみやすそうな笑顔で。
…まさに、"アイドル"だった。
「ボクたち、stair☆sのライブへようこそ!」
「ひー、ちゃんと今日楽しみにしてた?」
「もちろん!
しーくんは?」
「…もちろん、僕も。
ずっとこの日を待ってたよ」
「みんなももちろん待っててくれたよね?」
「…待ってた〜って聞こえたけど、ちょっと声が小さいんじゃない?」
「しーくん言う〜♪
でも、たしかに、もっと待っててくれた〜って気持ち、出るよね?」
「…うん、ありがとう。
今日も、楽しもうね♪」
…観ているのは俺たち関係者だけで、声なんてほとんど聞こえないはずなのに。
まるで、ファンがここにいるかのように話すstair☆s。
「…すごいね」
「……うん」
隣の雪月の言葉に頷く。
…stair☆sは、本当にすごい、トップアイドルなんだ。
リハも終盤に差し掛かってきて、どんどんstair☆sの楽しそうな気持ちが溢れてくる。
…俺も、早くステージに立ちたいな、なんて気持ちが、ペンライトを持つ手に繋がって。
ぎゅっとペンライトを握りしめた途端、近くで声が聞こえた。
「しきくん!!!
最高っ!!!!」
「……竜、あれって…」
「…ああ、だろうな」
俺たちのちょっと後ろにいる2人の声が聞こえて、知ってるみたいだと質問をする。
「2人とも、今の声って…?」
「多分だけど、escalierの夏苗さんじゃないかな」
「…escalier…って、stair☆sのライバルユニットって言われてる…?」
「ああ。
…多分、このライブに呼ばれてるんだろうけど」
そう言って、ちらりと柳原さんの方を見る竜。
…頷く柳原さんの様子に、当たりだと声の主を探す。
「…夏苗、ちょっと声大きすぎ。
今オフじゃないからね」
「いや、だってあのしきくんが笑って…ほらこっち見た!!!」
「見たのは俺たちじゃなくてスタッフさんでしょ。
それかマネージャー……」
「いや絶対オレ目合ったし…!
どうしよう由くん!」
「どうしようもない。
…というか夏苗、周りよく見て」
「……周り?
…えー……あ」
くるり、と一周回った、多分夏苗さんと目が合う。
…そのあと、てへ、と言うようにウインクをされて。
「…いたねー、後輩」
「…はあ。
もっと普段から周り見て動いてくれる?」
「はーい、気をつけまーす……って、やばい今のシーン見逃した…!!」
「……」
なんだか賑やかな人たち、とescalierのことを見ていたら、いつのまにかstair☆sのリハは終わっていて。
スタッフさんとstair☆sが話をしていた。
「織さん、『レヴィ』の後の移動なんですけど…」
「ああ、はい。
少し早かったですよね、すみません。
気をつけます」
「あ、ひかるさん、衣装直すのでちょっと待っていてもらえますか?」
「はーい♪
お願いします!」
本番まで、この席で待っていていいのかな、と柳原さんの方を見ると、なぜか柳原さんがescalierの近くにいて。
「…で、どう思います?」
「…いや、どう思うって…。
あー、もう悠希とか呼んで来るか…?」
「放っておいて大丈夫です」
なんて会話が聞こえてきて、随分仲が良いっていうか、楽しそうな感じ…?
「あ、いたいた」
「?
…あ、奏さん?」
「雨月くん…と、雪月くん、浅葱見てない?
…多分、その辺にいると思うんだけど…」
ちら、と後ろや隣を見て、いないことを確認して。
雪月にも目で合図を送ったけど同じみたいだった。
「俺たちは見てないです、けど…。
いないんですか?」
「うーん、…いない、んだと思う。
春や陽は近くにいるから、1人だと思うんだよね」
「あ、LEENEしてみるとか!」
「あ、…ほんとだね。
忘れてた…」
「あ、奏〜!」
「…あ、陽?」
「浅葱探してる?
もしかして」
「うん。
陽は見てない?」
「さっき、俺と春にぐるっと見て来るって言って席離れたんだけど、奏が見てないなら迷ってるとか」
「…浅葱に限ってそんなこと……」
「…あるかも?」
「みんなで離れると戻って来た時に困るから、俺と陽で見て来て、2人と春には残ってもらおうか」
「了解です!」
「近くにいないか、席から離れすぎないように探してみますね」
「ありがとう!」
「…あ、春、そういうことだから」
「…うん、分かった。
2人まで迷子にならないようにね」
「それは大丈夫…って思いたいな…。
とりあえず、本番までには戻るから!」
そう言って、奏さんと陽が歩き出す。
…そういえば、ここに来てすぐ俺たちも物販とか回ろうって話して……あ。
「春、俺浅葱さんがいそうな場所分かるかも」
「…本当?」
「多分。
…さっき、リハの前に色々見て回った時に……」
ピロン♪
「あ、奏、浅葱にい見つかったって」
「ほんと?」
「ほら」
「…本当だ…。
俺たちも、そっちに向かおうか」
「りょうかーい」
ピロン♪
「あ、陽たちも来るって」
「…じゃあ、どうしてここにいたのかを聞くのは合流してからにしましょうか」
「……ああ」
そうして、数分後。
奏と陽が『元いた場所』に戻って来た。
「…それで?
なんで浅葱はここに?」
「…最初は、普通に会場を回って戻ってくる予定だったんだが、…流衣がいて」
「あ、そういえば、流衣も近くにいなかったね」
「2人で話してるうちに冷さんたちの影に隠れちゃってたみたいなんだよね」
「…あ、あそこ、確かに柱もちょうどあるし、分かりにくい…かも?」
「ああ」
「…じゃあ、さっきLEENEしたのに返信がなかったのは……」
「…素で忘れてたらしい」
「……どこ行っちゃったのかな、って心配したんだからね」
「…すまない」
「まあまあ、無事見つかったしおっけーってことで!」
「そういえば、さっき雨月がいそうなところがわかるって言ってたのはどこだったの?」
「あー、違ってたから今言うの恥ずかしいんだけど……。
2階の、ここの真上にあたるところなんじゃないかなって」
「2階の…?」
「さっき、俺たちが色々見て回ってた時、浅葱さんが2階から見たらどう見えるんだろう、って呟いてたから見に行ったのかなーって…」
「ああ、確かに言った気がするな」
「よく覚えてたね…!」
「たまたま近くだったから聞こえちゃって」
「…と、そろそろ入場が始まるみたいだね」
ちら、と奏さんが後ろを見つつ言う。
釣られて見ると、楽しそうに席に向かって歩いているお客さんたちが見えた。
「じゃあ、俺たちもそろそろ戻る?
気がついたらそこにいた夏苗さんたちいないし」
「…あ、本当だ」
「空気感っていうか、雰囲気で始まるって分かったのかな」
「さすが、stair☆sのライバルユニット……」
そんなことを話しながら、リハの時の席に戻ると、ちょうどアナウンスが流れ始めた。
『ー本日は、stair☆sライブ2019にお越しいただきありがとうございますー……』
「始まる〜って感じするね」
「ね!
あー、なんか俺まで緊張してきた……」
「グッズとか落としてないか?」
「…あ、柳原さん。
俺たちは大丈夫でーす」
「あ、そうだ。
さっき伝え忘れてたんだけど、近くで見てたescalierの2人がこのライブ終わったら挨拶したいって言ってたよ」
「!
さっきの感じからすると、ちょっとすごそうな人たちだったけど、自己紹介とかどんな感じなんだろ…」
「それも楽しみだね」
笑って言う雪月に頷き返すと、ちょうど照明が暗くなって、ライブの始まりを告げる音が鳴り響いた。
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