…それから、数日。
レッスンを何度も受けて、自主練もして。
やっとこの生活に慣れて来た頃、柳原さんから連絡が来た。
「…あ、雪月に雨月?」
「…はい」
「急で悪いんだけど、今日、事務所来れる?」
「……今から、ですか?」
雪月と、ちょっと顔を見合わせて。
…確か、今日は珍しくレッスンが休みで学校も休みの1日自由な日だったはず……。
「そう。
まあ、用事あるなら断っても大丈夫……あー、うん、大丈夫なやつだから」
そう言われて、雪月とどうする? とアイコンタクト。
柳原さんからの連絡って最近はあんまりなかったし、…暇だし行こうか?なんて。
「大丈夫です」
「今から…ってことは、会議室集合ですか?」
「お、そうそう。
えー、今俺たちがいるのがDだから、来たら受付で伝えて、そのまま来て大丈夫」
「分かりました」
「あ、そうそう。
言い忘れてたけど、一応服は動きやすいものでよろしく」
ピッ
「…動きやすい服、ってことは急なレッスン…とか?」
「…かな。
とりあえず、この服じゃ踊るのは難しいから着替えて行こうか」
雪月の言葉に頷いて、10分後に集合、と決めて服を着替えに行く。
…柳原さん、すごい軽かったけど今日急に、なんて結構珍しいような。
……何があるんだろう…。
「えーと、会議室D…あ、あった。
すみません、aquaの雨月と雪月です」
着替えてから電車に乗って、事務所の受付で簡単な手続きをして。
前に行ったような、行ってないような会議室にたどり着く。
ピピッ、とキーを当てて会議室の鍵を開けて。
…中に入ると、見慣れない2人と、流衣、竜がいた。
「おはようございま…す、?」
「あ、おはよう、2人とも」
「…おはよう」
心なしか、緊張したような顔をしている流衣がこっちを見て挨拶を返してくれる。
……俺たちを呼んで、柳原さんがいないのだけ、気になるけど…。
「…えっと、そっちの人は…?」
「あ、大丈夫、後で紹介するから!」
「…あ、はい…?」
にこっと笑顔を向けられて、困ったままとりあえず頷いておく。
…ついでに、どうぞ、と勧められたから流衣や竜の近くの椅子に座って…。
「流衣、柳原さん、知ってる?」
「あー、色々あって、ちょっと出てるみたい」
「…色々…」
「まあ、冷だってこの状況で1時間も待たせないだろ」
「い、1時間待ったら俺多分部屋から出るからね…?」
と、俺たちにはよく分からない会話をしつつ、とにかく柳原さんを待つようで。
…謎の2人と、俺たち4人は会話もなく数分待っていた。
ガシャッ
「あ、もういたか」
「!
柳原さん」
「…あれ、そっちの人、って…」
俺が見たことのある人に声を上げると、先にさっきの笑ってくれた人が声をかける。
「悠希さん、もしかして迷ってた?」
「いえ、その…ちょっと事情があって」
「…事情はいいけど、早くしないとそこの流衣さんが部屋出ていくところだったみたいだよ」
「えっ」
「あ、え、そうだったんですか…?!
すみません、遅くなってしまって…!」
「あっいえそうじゃなく、いやそう…あー、えっと…!」
あわあわとしている2人を見つつ、どうしようか、と悩んでいると。
ちらっと様子を見た柳原さんが話し始めた。
「あー、まあとりあえず2人は落ち着いて。
俺の方から改めて話すけど、…雨月と雪月、『stair☆s』って知ってるか?」
「あ、はい。
前に、初レッスンの時にも聞い………」
と、話し始めた雪月がぴたりと止まる。
どうしたんだろう、と視線の先を追うと、さっきの笑顔の人と、宮園さんに向いていて。
……もしかして?
「柳原さん、あの2人、もしかして?」
「まあ、流石にわかるよな。
今のトップアイドル、stair☆s。
ついでに、そこのあわあわ1号がマネージャー」
「…冷さん、聞こえてますからね…?」
「聞こえるように言ったからな?」
「…こほん、えーと、おれはstair☆sのマネージャーの宮園悠希です。
前に、会ったことがありますよね?」
「あ、はい!
あの時はありがとうございました!」
「おれの方もaquaの人に会えて嬉しかったので、こちらこそです。
いつか、一緒に……と、まずはうちの子を紹介しますね!」
「悠希さん、うちの子とか張り切ってるなぁ…」
「ひー、ああいうの止めるの得意でしょ?」
「いやいや、ボクじゃヒートアップ悠希さん止められないから!
しーくんこそ、いつもの感じで止められない?」
「…めんどくさいし、今日は気分じゃないから」
「じゃあ仕方ないね、諦めよう!」
「…それで、ひかるくんが〜……」
「ま、待って待って、宮園さん!」
「…あ、はい?」
「stair☆sのマネージャーってことと、stair☆sの2人が好きだっていうの十分伝わってるので、えーと…」
「そろそろ本人からの紹介欲しいな、ってことだろ?」
「そうそれ!
…あ、でもここで知らないって言うのもなんか…」
「大丈夫大丈夫、ライブとかに来ないと詳しくは知らないと思うし…まずはボクから紹介するね」
「はい、ありがとうございます」
「ボクはstair☆sの茜咲ひかる。
茜色の茜に花が咲くの咲で茜咲、名前はひらがなだよ。
…好きなものは…しーくんの作ってくれるお菓子かな?」
「僕もひーの作るご飯好きだよ」
「ありがとうしーくん!いつでも作るね!」
「…と、こんな感じ」
「…なるほど…」
「…あ、stair☆sって今日ライブの予定入ってませんでした?
確か、灯雪市で…」
「お、流衣詳しいな?」
「たまたまTWINEとかで見てて。
…でも、ここにいるってことは…」
「そう、ちょっとライブなくなっちゃって」
「…それで、ここに?」
「どうせなら、aqua…新人の顔を見てみたいってひーが言うから」
「…しーくんも見てみたいかも、って言ってたけどね」
「言ってたけど。
…こんなに長く話すと思ってなかった」
「いやいや、しーくんまだ話して数分だからね?
しかも、まだ自己紹介ボクしかしてないし…」
「…確かに」
「あ、どうせなら指名制とかにしよっか」
「ひーは誰を指名するの?」
「もちろんしーくん!
どうぞ!」
「…だと思った。
stair☆sリーダーの的谷織です。
好きなものはひーの作ったご飯」
「1番好きなのは?」
「今日の朝のスクランブルエッグ」
「ボクもそれ美味しく出来たと思ったんだよね〜。
さすがしーくんわかってる!」
「指名は…そこの双子くん」
「あ、はい。
俺がaquaの柊雪月で、隣にいるのが俺の弟で同じくaquaの雨月です」
「好きなものは?」
「俺がチョコドーナツで、」
「俺がいちごプリンです!」
「なるほど、甘いもの好きなんだ?」
「そこで竜を見るあたり、ひかるさんどこかで俺たちの会話聞いてた感じしますね」
「あはは、まあね?」
「…あの日、ファミレスにいた、とか…?」
「うーん、カフェの方かな♪」
「…なるほど」
「あ、そういえば、俺たちも紹介した方がいいですよね」
「どっち先にする?」
「あ、指名するんだっけ。
…んー、流衣!」
「了解。
aquaの春野流衣です。
好きなものは湯豆腐」
「豆腐入ってるなら何でも好き、ってこの間言ってたよね」
「キムチ鍋とか!」
「なるほどなるほど…」
「ひー、何メモしてるの?」
「可愛い後輩の好きなものメモ〜。
役に立ちそうじゃない?」
「立たないかもしれないよ」
「そこは役に立つかもね、って言ってねしーくん?」
「…立つかもね」
「えーと、じゃあ最後に竜!」
「…ああ。
aquaのリーダー、木海竜です。
好きなものはパンケーキ」
「…甘いやつ?」
「……甘いやつ、で」
「生クリームたっぷりとか、フルーツ増し増しとか」
「……」
「そういえば、あの日カフェにいた、って言ってましたね…」
「…甘いものなら何でも好きです」
「おっけー♪」
「これで、一通り終わったんじゃない?」
「あ、俺、悠希さんの紹介も聞いて良いですか?
stair☆sのマネージャーってくらいしか知らなくて」
「…多分、みんなそんなものだと思うけど。
じゃあ、悠希さん」
「えっ、おれですか?
えーと…。
stair☆sのマネージャーの、宮園悠希です…あ、好きなもの?
は、わたあめです」
「似合いそう」
「似合いそう…」
「悠希さん、好きすぎてわたあめ作る機械寮に置いてるんだよね」
「…あ、あれわたあめの機械だったんだ」
「…しーくん、今までなんだと思ってたの?」
「ひーが新しく買ってきた特殊な道具かな、って」
「ボクそんなに特殊な道具買ってないよ…?!」
「マネージャー繋がりだし、俺も軽く紹介しとくか。
aquaのマネージャー、柳原冷。
好きなものはバニラアイス」
「冷蔵庫から出したてをちょっと溶かすのが好きなんだよね、冷さん」
「ああー、ボクもそれ好きかも」
「僕はアイスならいちごがいいかな」
「おれはチョコ…って、脱線してます…!」
「あ、そうだった」
全員の軽い自己紹介が終わって、和やかな雰囲気のまま雑談をして。
…危うく、ここに来た目的を忘れるところだった。
「せっかく4人揃ってるんだし、…レッスンでやってるレヴィ、ボクたちに聞かせてくれない?」
「……え」
きょとん、とする俺たち4人と、やっぱり、という顔をしている柳原さん。
…動きやすい服、やっぱり関係あったんだ。
「軽く歌って踊って…って感じで。
…レッスンでやってるくらいだから、まだ見せられない?」
「…えっと、…」
ちら、と他の3人を見る。
と、3人もこっちを見ていたようで、目が合って。
どうする?と目で合図するけど、stair☆sの2人を見てしまうと無理です、とは言えなさそうだった。
「…やります」
「おっけー。
じゃあ、レッスン室…悠希さん、今って3空いてる?」
「確認しますね」
さすがstair☆s、と言えるくらいのスムーズな連携で空いてるレッスンの確認が行われて。
…あっという間に、レッスン室でのレヴィ披露会が決まった。
ガチャ、とドアを開けて中に入ると、いつも通りのレッスン室で。
…いる人が違うだけで、いつものレッスンだと思えば、大丈夫……。
「準備とかもあると思うから、10分後に開始で良い?」
「…はい」
…そうして、10分後。
いつものレッスンのように、俺と雪月、流衣と竜で組んで位置に着く。
「準備はいい?」
「はい!」
頷くと、織さんが曲を流し始めて。
…緊張と、ちょっとの不安が混ざったまま、ダンスと歌を同時にこなす。
「……」
「ひー」
「ん?」
「柳原さんが、あの2人をスカウトした理由、ちょっと分かったかも」
「あ、しーくんも?
…ボクも、なんとなく。
あの子たち、踊れるよね」
「…うん。
まあ、まだまだ練習段階だとは思うけど」
「それに、歌もボクは結構好きだな。
ボクのパートの2人、どっちもそれぞれの良いところが出てるし」
「うん。
僕のパートの2人は…。
竜さん、高音ちょっと厳しそうだね」
「…レヴィはボクたちの歌いやすい音で作ってるからね」
「…でも、オリジナルならもっと伸びる気がする」
「楽しみだね」
カチッ
「お疲れ様」
「……はー、終わった…!」
「stair☆sの、…本家の2人から見て、俺たちのレヴィはどうでしたか?」
「まだまだ、っていうのが正直な感想。
…でも、悪くない」
「ボクは結構好きだったよ。
もちろん、しーくんが言うみたいにまだまだこれからって感じはするけど…」
「…ありがとうございます」
「あ、そうだ。
aquaの曲ってメンバーが作るの?」
「…俺が作る予定です」
「…なるほどね。
竜さん、作曲慣れしてる人?」
「…一応、何曲か作ってます」
「今度、聞かせて」
「…分かりました」
「っていうか、良ければここでちょっと弾けない?」
「ああ、いいね」
「…!」
「電子ピアノくらいならすぐあるし」
「…ちょっと、準備してもいいですか?」
「もちろん。
あ、何か手伝うことあったら言ってね」
「…ありがとうございます」
…なんて、俺たちが水を飲んだり休んでる間にサクサクと決まっていって。
いつの間にか、竜が曲をstair☆sに披露することになってたんだけど、…よく考えたら俺も竜の曲聞くの初めてかも…?
「竜、俺も近くで聞いて良い?」
「…ああ」
「そういえば、2人はまだ聞いたことなかったんだっけ」
「うん。
流衣は聞いたことあるの?」
「それはもちろん。
何回も聞いたし、意見も出したことも…あったけど、俺基本作詞だったから…」
「流衣、作詞出来るの…?!」
「あ、いや、そんなすごいのは書けないんだけどね?」
「その歌詞、僕も見たいな」
「ひぇ、えっ、織さんが…?」
「僕も作詞、作曲はするから。
参考にと思って」
「……参考に、なる…かな、…えっと、俺の歌詞はスマホに入ってるので、…ちょっと待っててください」
「あ、じゃあLEENEでもらうよ」
「えっ、あっはい…?」
「振った方が良い?」
「IDでも、良いんですけど…雨月と雪月はどうする?」
「え、俺たちも良いんですか?」
「もちろん。
…本当は、ひーも混ざってみんなで交換出来たら楽なんだけど」
ちら、とひかるさんの方を見ながら話す織さん。
…それだけで、スマホを持ってひかるさんがやってくるから、すごいんだな…。
「向こうでちょっと話聞いてたからボクも交換できるよ」
「竜さんは?」
「はー…曲聞いたらにしよう」
「了解。
じゃあ、みんな画面出して」
ふるふる
ピコンッ
「…えーと、あ、この猫のが織さんですか?」
「そう」
「それで、こっちの黒猫がひかるさん……って、アイコンもペアみたいな感じなんですね」
「stair☆sだからね♪」
「僕は変えたいんだけど、ひーがこれがいいよって言うから」
「しーくん変えたかったの…?!
じゃあ、次何にする?」
「…犬」
「おっけー!
しーくんに似合う犬の画像探しておくね」
「…あ、竜、準備出来たみたいです」
「よし、じゃあみんなで聞こっか」
ひかるさんの言葉にみんなが頷く。
…竜の作る曲、どんな感じなんだろう。
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