「……あー、寒い…」
珍しく、俺たち3人しかいない共有ルームの炬燵にて、ぽつりと呟く声が聞こえる。
「…炬燵にいて、か?」
「いや、炬燵はあったかいけど出ると寒いじゃん?
それそれ」
「…冷さん、炬燵から出ると…って言うけどさっきからほとんど出てないからね?」
と、言いつつ机の上からみかんを取る。
「あー、今日って誰も帰って来ないんだっけ?」
「まさかの冷さんがそれ聞く…?
ICEは泊まりで仕事、雨月と雪月は新しい舞台の関係で夜遅くに帰宅予定、AQUAは…」
どうだったかな、とスマホのスケジュール管理アプリを開く。
…本当は、炬燵から出て少し歩いたら全員のスケジュールが書かれたボードがあるんだけど、寒いので。
「うん、そろそろ帰って来るんじゃない?」
「…ってことは、今日の夕飯は流衣と空、と…」
「何か食べたいものがあったら作るし買い物に……行くのは寒いから、あるものになるけど」
何かある?、と視線を向けて聞く。
悩む冷さんと、何故かキラキラした目でリクエストがありそうな顔をしている竜をスルーして剥いたみかんをひとくち。
「……鍋」
「言うと思った」
「チョコフォンデュ」
「それは予想してないけど、材料そんなにないよ?」
悩んで決めた冷さんと、なぜか同じタイミングでリクエストを出す竜。
…冷蔵庫、何があったかな…。
「ちなみに、白菜があんまりなかったと思うんだけど、白菜の少ない鍋でもいい?」
「…白菜がなくても豆腐とかあれば、まあ」
「豆腐はいつでもあるよ」
「さすが」
「即答なあたり、流衣の豆腐への強い意志を感じる」
「それはまあ、俺の好きなものだし?
…あ、豆腐があったら湯豆腐とかどう?」
空たちに聞いてからだけど、と付け足しつつ提案をする。
竜は食後にチョコフォンデュが出来ればなんでも、という感じだからまあ、置いておいて。
冷さんは少し悩んだ後、それもありだな、と言う。
「じゃあ、…もうちょっとしたら用意しようかな」
「それにしても」
「…?」
「こんなに寒い日って言うと前のおでんを思い出すな」
「…ああ、冷さんのちくわ奪った日の?」
「おでんにちくわ、って珍しいから食べるの楽しみにしてたのに2人して奪ってったよな」
「ご馳走様でした」
2人で声を揃え…ようとしてなくても揃った声にちょっとため息を吐きつつ、まあいいけど、と続く。
「あの日も寒かったけど、炬燵に入ってのんびりみかん食べたり喋ったり、って時間が過ごせてるから寒さがちょっと和らいでるかも」
「…そうだな」
喋りつつ、俺が剥いて食べていたみかんを奪う竜。
そしてちょっと酸っぱかったらしく、お茶を飲んで、微妙な顔をした。
「…あの頃と比べて」
「…比べて?」
「成長したよな、って」
「それはもう!
俺も竜も立派なアイドルになったわけだし?」
「はいはい。
あの日、今までの小さなミスが重なって大きなミスになった、どうしようって落ち込んでた流衣がなぁ…」
「……冷さん、酔ってないよね?」
「一口も飲んでないからな」
「……。
あの日、もうこの仕事向いてないのかなーって思ってちょっと落ち込んでたのは確かにそうなんだけど。
でも、竜や冷さんと一緒に仕事が出来ることに感謝してもいたから、実は立ち直りが早かったんだよね」
ぽつり、ぽつりと言葉を吐き出しながら、あの日…もとい、前の仕事を思い出す。
「……あの仕事をしてなかったら、2人に出会ってなかったら、俺は今ここにいなかったと思うし」
どんなに疲れて、嫌になって、諦めかけた時でも飲みに誘って……いや、攫ってくれた冷さんと。
特に何を言うわけでもないけど、ずっと隣にいてくれた竜。
2人に、ものすごく助けられて今の俺がいる。
…もしかしたら、この2人に出会わなかったらアイドルという夢すらも諦めていたかもしれない、なんてすら思う。
「まあ、俺もアイドルになってはなかっただろうしな」
「…はっ、そうだ冷さんまたミニライブするんだっけ?」
「…今回の曲は冷のところだけラップにしておいた」
「竜…???
ただでさえ練習足りてないのにそういうことするとライブ当日にめちゃくちゃ大変になるから絶対やめてくれ」
「大丈夫、もう提出済みだ」
「………最悪だ」
「って言いつつ、冷さんならラップも余裕で出来そうだけど」
「余裕かどうかはさておき、そう見せるのがアイドルだろ。
…まあ、俺の本職はマネージャーだけど」
「いつか、ほんとにアイドルが本業になったりして」
「その前に拒否してほどほどに活動するから大丈夫…だと思う、きっと、多分」
「じゃ、先に晴さんとかに話しておくか」
「それだけはぜっったいなしだからな…?
晴に話したらヒロや祐那に伝わって気がついたらまた初ライブみたいな俺だけ知らない状況になるから」
「それもそれで面白そうだけど…。
あ、ならいっそ俺たちと合同ライブ………」
やろう、と言う前に、相当嫌だったのか炬燵から出始める冷さん。
……そこまで嫌がらなくても。
「絶対嫌だ」
「言葉にまでするレベル?」
「冷、合同ライブだったらマネージャー業が減る可能性あるぞ」
「あっても。
俺はマネージャーでいる方が楽だし、楽しいから」
「…そうか」
「それでも、いつか絶対俺たちとステージに立ってもらうからね♪」
「……流衣が言うとほんとになりそうで怖いんだけど?」
「まあ、いつか、なら充分あり得るだろうな」
「…いやあり得ないようにしてくれ…」
「大丈夫大丈夫、一回大きなステージに立つと慣れる慣れる♪」
「慣れたくないからな?」
そんな会話をしていると、LEENEの通知が入る。
…空からで、内容は……。
「え」
「…?」
「空からなんだけど、雪の影響で帰るの遅くなるって…」
「ご飯は食べられそうなので食べて来ます、ってなってるな」
「…なるほど」
「ってことはこの3人で、ってことか…。
湯豆腐でいい?」
「早いな」
「流衣、実はこの展開狙ってたな?」
「いやまさかそんな。
……よし、じゃあ動くかな」
よし、と気合いを入れて炬燵から出る。
机の上に広がっていたみかんは2人に奪われ続け、すっかり空になっていた。
「頑張れ」
「じゃ、俺は酒でも……」
「冷さん、竜」
「…?」
「今日は3人しかいないわけだし、しっかり手伝ってね?」
「……」
酒を取りに行こうと立ち上がった冷さんを捕獲して、動く気配のない竜を引っ張って。
3人で寒い寒い、と言いつつあったかくて美味しい夕ご飯のため、調理を開始するのだった。
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