8話「楽屋挨拶とファンサの話」

竜、流衣、雪月、俺、…と、最後に柳原さんの順番で長い廊下を歩く。


「…竜、今から行くのって楽屋?」


「ああ。

まず最初にstair☆s。

次にescalier…の、予定だな」


「まあ、俺の予想だとstair☆sの楽屋で4人に会いそうな気がするんだけど……」


と、流衣が言うのを聞きつつ、さっきの夏苗さんを思い出す。

…すごいありそう。


「流衣…と、竜…はstair☆sさんとescalierさんのこと、詳しいの?」


「…うーん。

俺たちもそんなに話すわけじゃないから、他の人が知ってるのと同じようなことしか知らないんだけど。

…stair☆sはプロ意識がすごいな、って思うかな」


「あー、まあ確かに」


「オンオフの切り替えがきっちりしてる感じはあるな」


「…オンオフがきっちりしてる…」


「まあ、その辺は会ってからのお楽しみってことで……。

はい、到着」


いつの間にか、1番前を歩いていた柳原さんが指で示した場所は『stair☆s様』と書かれた扉。


…ついに、ライブの後のstair☆sと会うんだ…。

なんて、緊張していると、そんな気持ちがどこかへ行くような大きな声が聞こえて来た。


「し、しきくん……?!?!」


「この声は…」


「夏苗か」


「……とりあえず、入るぞ」


動揺せず、声の主を予想している2人と、全く動揺しないどころか、開けるきっかけが出来たとばかりにあっさり扉を開ける竜。


ガチャ


「お疲れ様です、aquaでーす………って、あれ?」


元気よく流衣が挨拶をすると、そのまま固まる。

そして、流衣より小さい俺たちは中が見えなくなって一緒に固まる。

…中で、一体何が…??


「お疲れ様」


「お、aquaくんいらっしゃーい」


流衣の前から声だけは聞こえてる、多分stair☆sの2人。

…そろそろ、楽屋の中が見たくて流衣の後ろから合図をすると、やっと動き出す。


「あー、ごめん。

…ちょっと、衝撃的で……」


そう言って流衣が避けてくれた先では、夏苗さんの私物であろう織さんのグッズにサインをする…織さんの姿が。

……さっきの大きな声ってもしかしてこのこと…?


「え、えーっと…。

お、お疲れ様、です…?」


「お疲れ様、です」


「そんなに畏まらなくていいから、早く入ったら?

…ドアも閉めて」


「…あ、はい」


由さんの言う通り、扉を開けたままだったので最後の俺が閉める。

…と、夏苗さんが叫び声にも似た泣きそうな声で喋り出す。


「しきくん……家宝にするね……」


「それ1つだけって言ったんだから、ちゃんと約束は守ってね、夏苗」


「もちろん!!」


「…夏苗、ちょっとっていうか、かなりうるさい。

…後輩もびっくりしてるし」


「……っ、はっ!

あ、aquaのみんないらっしゃい〜!

ゆ、ゆっくりして行ってね!」


「ここ、俺たちの楽屋じゃないから」


「ま、まあまあ。

aquaのみんなは挨拶に来てくれたんだよね?

こっち座って座って〜」


声をかけづらい、というか、口を開きづらい状況でひかるさんが椅子の前で手招きしてくれる。

…助かった…かも。


「はい、じゃあ改めて!」


「僕たちのライブを観て、どうだった?」


「しーくん聞くのが早いね…?」


「こういうのはすぐの方がいいでしょ」


「…た、確かに…。

あ、でも言葉にしづらかったら手紙でもいいからね!」


「…手紙の方が伝えづらいような…」


「はい!

…俺、ちゃんとしたライブって初めてで、緊張とかしてたんですけど…。

すっごく、楽しかったです!」


「…俺も。

雨月と同じで、ライブは初めてだったんですけど…。

すごく、楽しかったです。

俺たちも、あんなライブがしてみたい、って思いました」


「だって!

良かったね、しーくん♪」


「そうだね、ひー。

…じゃあ、次。

そっちの2人は?」


「stair☆sのファンになりました」


「早い早い」


「ファンになってくれたんだ?」


「あそこまでファンサもらったらなりますって…!

…っていうのは半分冗談として…」


「冗談?」


「本気です」


「まあまあしーくん。

続きを聞こう?」


「…えっと、俺も実はちゃんとライブを見るのは初めてで。

すごく、勉強になったし、…い、いつか超えたいって」


「言うね〜♪

その"いつか"を楽しみに待ってるね♪」


「受けて立つよ」


「じゃあ、最後に竜さん!」


「…その、…良かったです」


「……」


「……」


「………」


「竜…」


「感想とか、苦手なんだよ」


「まあ、見てればなんとなくわかる、けど…。

褒めてくれたってことにして、喜んでおくね」


「次は、絶対ファンにしてみせるから」


「…よろしくお願いします」


「あ、じゃあついでにオレたちのところの感想も聞いていい?

結構ファンサしたと思うんだけど〜」


「あ、ファンサびっくりしました!

…今日ちゃんと帰れるかな、って…」


「心配するところがescalierのファンっぽいね」


「確かに」


「由くん…?」


「あ、俺はファンサも嬉しかったんですけど…。

曲が好きでした」


「!

やったね由くん!」


「って、作ったのは俺たちじゃないでしょ」


「…そうだけどほら、作詞担当!」


「……まあ…」


「escalierの曲って誰かに作ってもらってるんですか?」


「うん、そうなんだよね〜。

まだ、これから作ったりしていける!…とは、思うけど知識とかが足りなくて」


「夏苗が本気でやるなら、…教えなくもないけど」


「!

しきくんが!デレた!」


「やっぱりなしで」


「……夏苗…」


「…俺たちは竜も流衣もいるから自分たちで曲が作れるけど、作れる人がいない場合ってどこに頼むんですか?」


「大体は事務所、かな。

フリーの作曲家の人がよく来てるみたいで」


「…ああ、ミハネさん…」


「…フリーなのに、俺たちアイドルの曲を作ってくれるんですか?」


「そこはなんか、…えーっと…。

社長のことが気に入ってるとか幼馴染だとか?で、作ってくれるみたいなんだよね」


「あ、そういえば俺社長にまだ会ってない…!」


「…あ、そっか」


「しゃ、社長ってどんな人、なんですか?

…怖かったり……」


「怖いかは人それぞれだけど、……」


「…?」


話しつつ、ちらっと俺を見るひかるさん。

…み、見た目が重要とか…?


「うん、雨月くんも雪月くんも会う時はしゃがむか座ってた方がいいかも」


「…??」


余計に分からなくなりつつ周りの人を見ると、ほぼ全員会ったことがあるらしく、すごく頷いていた。

…ど、どんな人なんだろ…。


「…っと、かなり脱線しちゃったけど質問とかはある?」


「あ、じゃあ…はい」


「はい、雪月くん!」


「ライブの時に、いつもしてることってありますか?」


「…いつもしてることかー…。

あ、しーくんとにらめっこ♪」


「体操もするよね」


「オレたちは各自で振り忘れないように踊ったり、歌ったり…?

あ、でもオレの場合のど飴舐めるかも!」


「…俺は…。

軽い発声練習とか、…目を閉じてライブの気分を作る、とか」


「…ライブの気分を作る…」


「あ、それはオレもやるかも。

頑張るぞ〜!って声出すのも良いけど、ちょっと静かにライブへの気持ちを高めるっていうか?」


「夏苗は常に声出してる気がする」


「それか、踊ってそう」


「あと、誰かとよく話してるよね」


「…はい、終了!

他の人〜」


「あー、じゃあ俺から」


「お、珍しい人から!

柳原さんどうぞ!」


「…単純に疑問なんだけど、ファンサってどうやって狙って出来るのかなって」


「うちわだね!」


「…うん」


「オレはライトの色とか、頑張れば見える服の色とか…!」


「俺の色はちょっと分かりにくいから、目が合った人にやってます」


「うちわかー…。

そういうのって見てすぐ分かるんですか?」


「わかるわかる!

ひかるくん○○して!とか、ひかるくん大好き!とかね!」


「僕のは、織君生きててありがとう…ってよく書いてあるかな」


「それに対してどんなファンサを…?」


「全力ウインク&その時の気分で何かファンサをしてる」


「…ああ、だから…」


「?

何か見たりした?」


「織さんの近くでファンサもらってた子が、…涙ぐんでたので…」


「しーくんはファンだと泣いちゃう子、結構いるよね〜…。

初めて見た時はちょっとびっくりした…」


「…僕だって、ファンに目の前で泣かれるとびっくりするけど…。

でも、嬉し涙だってわかるから。

僕に出来る全てでありがとうを伝えるよ」


「さっすがしきくん…!!」


「もう泣いてる…」


「…夏苗さん、ってなんでそんなに織さんのことが好き…っていうか、ファンなんですか?」


「しきくんが天使で神だから…?」


「夏苗、真面目に」


「あっはい。

…なんだろうな〜…。

最初はしきくんを探してたから、見つけた!って気持ちで見てたんだけど…。

いつからか、アイドル的谷織にファンサをもらいたい、って思うようになっちゃって…」


「…探してた?」


「あ、そっか、話してなかったっけ。

しきくん、話してもいい?」


「そんなに面白い話じゃないと思うけど…。

雨月くんたちが聞きたいなら」


「聞きたいでーす!」


「…俺も、ちょっと気になります…!」


「流衣さん竜さんは?」


「俺も気になる…かな。

昔からファンなのは知ってたけど、理由までは知らないし…」


「俺は…どっちでも」


「賛成票としてカウントしまーす」


「じゃあ、夏苗、どうぞ?」


「まってしきくんそのセリフ録音させて……」


「夏苗が喋らないならもう時間もないし解散しようか」


「また来てね〜」


「ま、待って待って復活しました話します!!」


「時間がないのは本当だから、…3行で」


「しきくんと昔馴染み。

しきくん引っ越し。

オレしきくん探してた」


「ぴったり3行…」


「しかも分かりやすい!」


「昔馴染みって、家が近かったんですか?」


「そうそう。

オレとしきくん、隣同士だったんだよね〜?」


ね〜、で、織さんを見るも、頷いてはくれない織さん…。

…なんとなく、夏苗さんと織さんの関係がわかって来た…ような。


「それで、さっきも言ったけどしきくんが引越しちゃって。

しきくんを探してたらstair☆sのデビューのお知らせを見た、って感じ!」


「…なるほど…」


「じゃあ、仲がいいのは昔からなんですね」


「仲がいいように見える?」


「仲がいい…っていうか、テンポがいいっていうか…。

仲良く見えます」


「…夏苗がただ、僕のファンってだけだよ」


「ファンとアイドルも美味しいから…」


「アイドルとアイドルだからね、夏苗くん」


「と、本当にそろそろ時間だな。

…stair☆sにescalierの4人、次はうちのライブで」


「デビューライブ、楽しみにしてるね〜♪」


「チケット、忘れずに送って」


「次会う時はしきくんの名場面集を持ってくね!」


「あ、夏苗の言うことは気にしないでください。

…俺も、見に行く予定だから、頑張って」


「ありがとうございます!」


「…じゃあ、また!」


バタン


賑やかで、色々な話が聞けた楽屋を出ると、もう外は片付けと移動で忙しく動いていて。

…ほんとに、あのまま楽屋にいたらstair☆sやescalierと帰ることになっていたかもしれない。


「楽しかったね、雪月!」


「…うん。

滅多に聞けない話も聞けたし…」


「じゃあ、それを思い出に俺たちはレッスン頑張らないとね!」


「あ、そうだ」


「?

どうしたの、竜」


「…デビュー曲、来週あたりには出来る予定だから」


「…い、今言う…?!

来週、来週……ってもうすぐ…?」


「う、雨月、落ち着いて…」


「そこに俺たちで歌詞をつけて、完成だねー」


「か、歌詞…そっか作詞するって言ったっけ……?」


「ま、それはまた次のレッスンとかで話すとして。

帰りこっち通るから迷うなよー」


「あ、はーい」


「…そういえば、ICEのみんなってどこに行ったんだろう…」


「escalierさんの楽屋に挨拶に行った…とか?

すれ違いになるかもね」


そう言った流衣の後ろあたりで、聞き慣れた4人ともう4人の声が聞こえた気がした。


「はー、やっと帰って来た〜!」


「…家に帰って来ただけで、ちょっとホッとするね」


「そうそう、そんな感じ!

…あ、雪月。

おばーちゃんが帰ってくる前に、ちょっと踊らない?」


「…うん。

俺も、ちょっと踊りたいなって思ってたんだ」


家に着いて早々、ライブ後からずっと考えてたことを雪月に話す。

ライブで、あんなにすごいstair☆sとescalierを見て。

…俺たちもあんな風に、いや、あれ以上のライブをしてみたい。

そのためには、練習するしか、ないから。


「曲はいつもの?」


「もちろん!

今日は見たばっかだし、いつもより踊れる気がする…!」


「…あ、雨月。

ちゃんと準備運動しないと…」


「…そうだった…!

流衣や竜がいるとやるけど、いないとなんか忘れる……」


「代わりに俺がいるから、2人でやれば忘れないよ」


「確かに!

いつもありがとう、雪月!」


「…こちらこそ」


なんとなく言いたくなって雪月にお礼を言うと、雪月も合わせてくれて。

その後、ちょっとおかしくなって2人で笑って。

…だいたいの準備運動が終わった後、曲をかけ始める。


「じゃあ、雨月、準備はいい?」


「もちろん!」


〜♪


いつもの、レヴィを歌って踊りつつ、雪月と目を合わせたり、位置を確認したり。

本物を目の前で見たせいか、いつもより位置の確認や歌い方の確認がしっかり出来た気がする。


「…ここ、いつもはこう歌うけど、今日聴いた感じだとこっちの歌い方の方が合ってるのかな」


「あ、じゃあこっちはこんな感じ?

〜♪」


「近いかも。

…ただ、これだと移動の時間と……」


真剣に2人で話し合っていると、ふいにカタン、と音が響く。

音の方向を向くと、ちょっとびっくりした顔のおばーちゃん。

…帰って来てたの、気づかなかった…!


「おかえり、おばーちゃん!」


「…おかえり」


「ただいま。

2人の邪魔をしたらいけないと思って静かにしてたけど、バレるもんだね」


「そんなこと、気にしなくていいのに!」


「むしろ、おばあちゃんにも聞いて欲しいな」


「あら、いいの?」


「もちろん!」


雪月と声を揃えて言う。

意識せず合った言葉に、おばーちゃんは笑って。

じゃあ、特等席で、なんて言って俺たちの目の前で聞いてくれることになった。


「えーっと…じゃあ、雨月と」


「雪月で」


「レヴィ!」


雪月が近くのスマホで音を流し始めると、…おばーちゃんはどこから出したのかペンライトを振り始める。

…それに若干意識を持っていかれつつ、雪月とのアイコンタクトでなんとか気持ちを歌とダンスに戻す。

……あ、ここ、前にミスしたところ…。


「〜♪」


「〜〜♪」


上手く行ったのが嬉しくて、おばーちゃんにウインクしてみる。

…うん、喜んでくれたみたい。

ひかるさんや織さん、夏苗さんや由さんが言ってたファンサをする時の気持ちがちょっとわかった気がした。


「終わらないstair☆sを〜♪」


パチパチパチパチ………


踊り切って、雪月とハイタッチ。

BGMは、目の前のおばーちゃんの楽しそうな拍手。

それが、とても嬉しかった。


「雨月も雪月も、上手くなったね」


「ほんと?」


「おばあちゃんが言ってくれると、かなり嬉しい…かも」


「雨月と雪月にならいつだって言うさ。

…私は2人をずっと見て来たんだからね」


「…おばーちゃん…」


おばーちゃんの言葉に、ちょっと泣きそうになりながらピースして、今日あったことを話すターンにする。


「それで、今日行って来たライブなんだけど……」


雪月とたくさん話した今日の思い出は、きっとこれからライブをするときに毎回思い出すんだろうと思った。

…俺たちのライブが、楽しみだな。

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