2話「メンバーの2人」

次の日。

昨日のことを思い出しながらおばーちゃんの手伝いをしていると、俺の携帯を持った雪月に声をかけられた。


「雨月、柳原さんから」


「…柳原さんから…?」


昨日、契約書にサインをして、履歴書も必要だからって書いて、もう終わったのかな、って思ってたんだけど。

…不思議に思いながら、電話に出た。


「…もしもし、雨月です」


「あ、良かった。

今って時間ある?」


「…えっと、はい」


「事務所にちょうどメンバーの2人がいるから、紹介しとこうと思って。

来れるか?」


「…事務所、ってえーっと…」


ちら、と雪月を見る。

それだけで伝わったのか、昨日もらった事務所への地図を見せてくれた。


「…ちょっとスピーカーにしますね」


「ああ」


スピーカーにした携帯を机に置いて、雪月と地図を見る。

…ここからだと、電車に乗って少し歩くらしい。


「多分、行けると思います」


「…柳原さん、こんにちは。

雪月です。

…もし迷った時は、迎えに来てもらえたりとかはしますか?」


「あー、まあ、一応。

俺も事務所にいるから、現在地だけわかれば大丈夫だな」


「…分かりました」


「じゃあ、急で悪いけど13時に事務所で」


「…はい」


ピッ


電話を切ると、いつの間にか近くにいたおばーちゃんが声をかけてきて。


「…行くのね?」


「…うん」


「…まあ、まだ引っ越しとかはないと思うし、すぐ帰って来ると思う、から!」


「そこは大丈夫よ」


「もし引っ越しって言われたら、すぐに連絡するね」


「ええ、ありがとう。

…気をつけてね」


「うん。

…行って来ます!」


電車に乗って、地図を見ながら歩いて。

…辿り着いたのは、《constellation》と書かれた事務所前。


「ここで合ってる…んだよね?」


「多分…?」


2人して、不安そうに事務所を見る。

…多分、たぶん合ってるはず……。


「…行ってみようか」


「うん。

迷ってても仕方ないし…」


そう言って、ドアを開けて。

…すぐに、見知った顔に出会った。


「お、迷わず来れたみたいだな」


「…こんにちは」


「…合ってた…(小声)」


「…あ、冷さん、その子たちが例の?」


「……」


「そ。

…んじゃ、まず自己紹介といくか。

こっちの双子…あー、元気な方が柊雨月。

おとなしそうなのが柊雪月」


「よ、よろしくお願いします…!」


「よろしくお願いします」


「で、こっちが言ってた俺の友人兼同僚。

黒髪が春野流衣で、茶色が木海竜」


「よろしくね」


「…よろしく」


「…よし、挨拶終了!

サクサクいくぞー」


「…って、冷さんストップ」


「ん?」


「ここ会議室とかじゃないし、…自己紹介終わったら移動するって言ってなかった?」


「…あー、言ってたな」


「…ってことで、2人にもついて来てもらっていいかな?」


「はい」


春野さんに着いて行くと、会議室Cと書かれた部屋が見えた。


「今日は確かここが空いてたはず。

申請は…後で社長に出しとくか」


(相変わらず、大雑把…)

(…だね)


昨日、一昨日と変わらぬ柳原さんにちょっと安心しつつ、部屋に入る。

…中には椅子と机、ホワイトボードがあるだけのシンプルな部屋だった。


「じゃ、さっそく…」


「?」


「ユニット名決め、するか」


「……冷さん、昨日なんか考えとくって言ってなかった…?」


「…何も出なかったのか…」


「そこ2人、嘘だろ…みたいな顔すんなよ」


「…ユニット名…」


「こういうのって俺たちで決めて良いんですか?」


「ま、誰が決めたっていいでしょ。

…他人に決められんのも嫌だし」


「…うん、俺も。

決めるなら自分たちで、がいいかな」


「…で、どう決めるんだ?」


「まあ、みんなで案出し合ってくしかないだろうな」


数分後。

ホワイトボードに、今まで出た案をまとめて一言。


「ユニット名って難しいんですね…」


「俺たちが2人でやってた時はそのまんまだったしね」


「…あ、そういえば2人は路上パフォーマンスやってたんだっけ?」


「…はい。

きっかけは、俺たちのおばーちゃん…祖母なんですけど」


「…路上パフォーマンス、か」


「…最初は全然上手くいかなくて。

どうしよう、って思ってたら、近くでパフォーマンスしてたお兄さんが色々教えてくれて…」


「いい人がいたんだね」


「はい。

…そこから、ちょっとずつお客さんが増えていったんです」


「そのお兄さん、有名な人だったとか?」


「や、違う…と、思います。

普通の高校生っぽいっていうか…」


「…普通の高校生で人を集められるってすごいことだよね」


「…で、ユニット名はどうするんだ?」


「ちょっと竜、2人がいい話してたところでしょ…!」


「…話をしててもいいが、おそらくユニット名を決めないと帰れないぞ」


…その言葉で、春野さんが柳原さんを見る。

頷く柳原さん。


「…ああ、そうだな。

あと、仲良くなるのも課題だし」


「…あ、仲良くなる方が先でも良いですか?」


「うん、俺も2人の話聞けて嬉しかったし、その方がいいな」


「2人が話をしたなら、…次は俺たちの話でもするか?」


「あ、いいね。

冷さんの話もしよう」


「…流衣、俺まで巻き込むなよ…」


そうして始まった春野さんと木海さんの昔の話。

…仲が良さそうだったから、どんな感じで出会ったのか気になるかも。


「俺たちの始まりは、…中学の頃だったか」


「うん。

同じクラスで席も近くて、俺から話しかけたんだよね」


「あの時、俺は3年間1人で過ごそうと思ってたから、ほぼ話を聞いてなかったんだよな」


「そうそう。

で、どうにかして竜と会話したくて、話しかけ続けた俺の粘り勝ち」


「それから、高校もなぜか一緒で」


「また竜と過ごせるんだなって嬉しかったんだよね」


「まあ、高校は別だったけどな」


「…そうなんだよね。

それで、高校卒業して就職するぞってなった時にまさかの再会で」


「俺も流衣も将来の話はあまりしなかったからな…」


「竜もアイドル関係の仕事したかったんだって嬉しくなった、んだけど……」


「…けど?」


「竜って再会した時俺のこと忘れてて。

どこかで会ったか?とか言ってたんだよ」


「……その後、ちゃんと思い出しただろ」


「それはそうだけど、あれ結構傷ついたんだからね、俺」


「……悪かった」


「…うん」


「…えっと、それで柳原さんとは…?」


「あ、そうだった。

冷さんとはさっき言った就職の時に出会ってね。

色々先輩として教えてくれつつ、飲みに行っては愚痴るみたいな関係だったかな…」


「俺、そんなに愚痴は言ってない気がするんだけど?」


「…いや、言ってたな」


「言ってた言ってた。

社長に会うたび縮ませられそうになるとか、アイドルサポートって結構体力仕事だ、とか」


「…それは言った気がする」


「とまあ、こんな感じで3人で仕事してた感じかな」


「3人が仲良い理由が知れて、嬉しかったです。

ありがとうございます」


「…あ、そうだ。

雨月、さっきから思ってたんだけど敬語だと喋りにくくない?

なしでいいよ」


「え、いいんですか?」


「もちろん。

それに、これから同じユニットで活動するのに敬語だとなんか寂しいだろ」


「そうそう。

…って、よく考えたら俺たち3人もいつの間にか敬語なしで話してたよね」


「どこかの誰かさんたちがすぐ敬語外したからな」


「まあ、冷だし」

「…まあ、冷さんだし…」


「…俺、2人より歳上だからな?

分かってる?」


「…あと、雪月、だったか?

雪月も、敬語じゃなくてもいいから」


「えっ、あ、はい。

…じゃ、なくて、えっと…うん」


「…なんか、このメンバーだと初めてって感じがしないっていうか、喋りやすい気がする」


「あ、それ俺も。

…もしかして、運命だったり?」


「……」

「……」


「…ちょっと待って、2人ともそんな冷めた目で見ないで?!」


「…で、ユニット名だけど、みんなの共通点を探してつけてみる…とかどう?」


「共通点…」


「…例えば、雨とか雪とか」


「雨とか雪…あ、水に関係してる、ってこと?」


「…確かに」


「そういうこと。

まあ、流衣のはちょっと難しいけど」


「水…ってことは、Water?」


「Waterだとそのままだから、…フランス語のeauとか」


「eauだとちょっと言いにくくない?」


「あとは…aqua、とか」


「…aqua…!」


「ちょっと、いいかも」


「うん、俺もaqua賛成!

小文字だと可愛いし」


「じゃ、俺たちのユニットは『aqua』に決定、と」


「これでユニット名も決まったし、帰れるね」


「……」


「…ん?

えっ何まだ何かある感じ…?」


「…嫌な予感がする」


「まだaquaが仲良くなってないから、大親睦会を開催します!」


「…大、親睦会…?」


「さっき、仲良くなるのも課題って言ったろ?

せめて、お互いを呼び捨てかあだ名で呼べるくらいには仲良くなってもらいまーす」


「…あだ名かー、ハードルが高そう」


「呼び捨てなら、さっきからしてるだろ」


「竜はな?

双子がまだ確かさん付けだったろ」


「……」


「じゃあ、まずはお互いに好きなものの話とかしようか。

…そこから、仲良くなれるかもしれないし」


「…うん」


「好きなもの…あ、俺チョコドーナツが好き…です」


「チョコドーナツか。

…俺は、……パンケーキ」


「…パンケーキ…」


「竜、それだけだと普通にパンケーキが好きな人だからね?

…せっかく同じユニットになったんだし、好きなものは正確に伝えとこう?」


「……」


「…木海さんの好きなもの、って…?」


「……ハチミツたっぷりの、パンケーキ」


「…可愛い…」


「…うん、ちょっと可愛い、かも」


「可愛いって。

良かったね、竜♪」


「……ああ」


「…これ、竜照れモードだ。

次に行こっか。

雨月の好きなものは?」


「…えっと、いちごプリン」


「…いちごか…」


「…?」


「あ、気にしないで大丈夫。

竜のことだし、いちごプリンも良いなって思っただけだと思う」


「竜って、もしかして甘党…?」


「かなり、ね。

パフェとかもすごい大きいの頼んで食べちゃうし、和・洋・中のどれでもデザートいけるんだよね」


「…そうなんだ…」


「じゃあ、俺で最後かな?」


「…あ、柳原さんの好きなものも聞きたい…です」


「俺まで聞く?

…あー、俺はバニラアイス。

よくCMでやってる、冷凍庫から出して、ちょっと溶けたやつを食べるのが好き」


「ああー、美味しいやつ」


「俺も、その食べ方よくします」


「美味しいよねー。

…で、俺の好きなものは湯豆腐!

冬に食べるのもいいけど、夏に食べるのも好き」


「湯豆腐…」


「流衣、豆腐使ってたらだいたいなんでも好きだよな」


「あ、そうそう。

辛いの大丈夫だったらキムチ鍋とかも美味しいよね」


「キムチ鍋の主役を豆腐にするのは流衣だけだろ」


「いや俺も主役まではいかないよ?

普通に、辛い鍋に合うねって感じで…」


「まあ、とりあえず。

これで、課題はクリアだな?」


「…あ」


「好きなものの話すると、仲良くなれるし話も進むだろ」


「…うん、楽しかった」


「…じゃ、さらに詳しく知るのは一緒に住んでからってことで」


「一緒に住む…って、契約書の時に言ってた寮…?」


「は、まだ作ってるとこだから、とりあえずこの近くで住んでもらう感じ」


「…じゃあ、引っ越し…」


「そうそう。

まあ、それぞれの都合もあるだろうし、そんなすぐじゃなくても…」


「俺、もっとみんなと話したいし引っ越しする!」


「…雨月…」


「…って、それは雨月と雪月、それからおばあさんと話をしてからな?」


「…あ、実は引っ越しするかも、って話だけはもうしてあるんです」


「ここ来る前に、引っ越すなら荷物まとめたり〜って話したから、あとは電話するだけ…あ、今しちゃう?」


「さっすが、どんどん話が進んでく…」


「もう話が終わってるなら、あとは引っ越し作業だけだな。

流衣たちはもう荷物まとまってる?」


「まとまって…ないけどまあなんとかなるかな」


「俺も、まあなんとか」


「じゃ、そうだな…。

雨月と雪月が卒業式の頃、引っ越しするか」


「…卒業式、って…」


「まだ日があるのに?」


「一日かそこらで引っ越しなんてしたら、急すぎるだろ。

学校のこともあるだろうし」


「…あ」


「ちゃんと全部終わったら、その時に引っ越しで間に合うから」


「…うん」


「ってことで、今回は解散!」


「解散早…っ」


「…あ、そうだ。

これからのレッスンについてとかの話、おばあさんにはしたけど2人にはしてなかったっけ?」


「…あ、聞いてないかも」


「これからは、学校が終わったら事務所に来てもらって、レッスン室のどれかを使ってもらう形になるから。

自主練するときは受付でちゃんと予約すること」


「…はい」


「分からないことがあったら、流衣に聞くこと」


「うん、俺ここのことなら詳しいし、なんでも聞いてね」


「…ってあ、連絡先…!」


「…交換してなかったな」


「LEENEで良い?」


「もちろん。

ここだとLEENE、TWINEがよく使われてるしね」


「えーっと、これ、振ればいい?」


「IDとかだとめんどくさいし、みんなで振ろっか」


「…ちょっとシュール…」


「待って雪月、今言うとじわじわ来る…っ」


「みんな携帯出してる?

せーの、でいくよー」


ふるふる


ピコンッ


「…たくさんだ」


「一気に人数増えたね」


「あ、雪月のアイコン可愛い」


「木海さんのは…抹茶パフェ?」


「あ、これこの間食べに行った時の?

美味しかったよね」


「…話してたら、パフェ食べたくなってきた…」


「じゃあ、この後行っちゃう?

解散にはまだ早いし」


「ああ」


「うわ、さすが竜、反応が早い。

…って言い忘れてたけど、俺たちのこと呼び捨てでいいよ」


「いいの?」


「もちろん!」


「じゃあ、流衣と〜竜!」


「えっと、流衣…と、竜……。

俺はまだちょっと、慣れないかも…」


「ゆっくりで大丈夫だからね。

呼びにくかったらさん付けに戻しても良いし…。

…でも、出来たら名前で呼んでほしいかも」


「…はい!」


「じゃ、そろそろ行こっか。

竜がすごい完璧装備で待ってるし」


「さっきから、竜の視線がすごいなって思ってた」


「…うん」


「竜、あそこのパフェ気に入ってたみたいだし、かなり楽しみなんだろうね」


「じゃあ、カフェに向けて出発!」


…こうして、無事ユニット名が決まって、俺たちaquaはやっと一歩を踏み出したのだった。

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