『アイドル日和春模様』本編、【aqua編】の1話です。
「…いた」
「…?」
雨が降っていたから、今日はちょっと早めにおしまいにしようか、と雪月と話していた時。
パフォーマンスをしていた時から気になっていた、スーツの人がぽつりと呟いた言葉。
「…あの、見てくださってありがとうございました。
何か用…ですか?」
「君たち、アイドルをやらない?」
「アイドル、…ですか?」
「俺の仕事、アイドルサポートって仕事で、アイドルのスカウトとかもしてて。
…君たちを探してたんだ」
「…雨も降ってますし、場所、変えませんか?」
そう言った後、パフォーマンスをしていた場所の近くにあったカフェに入る。
「…急にごめんね」
席に着くなり言われた言葉に、雪月と首を振って答える。
「それはもう、大丈夫です。
ここに来るまでの間に何度も聞いたので…」
「それより、さっきの…アイドルとか、スカウトって…」
「ああ、えっと、…それは本気で。
いや、今の謝罪も本気なんだけど、……」
「…?」
「詳しく話すとややこしくなるから、伝えたいところだけさっと話すな」
「はい」
「俺の友人と、アイドルユニットを組んで欲しい」
「……」
「…柳原さん、でしたよね。
その、友人っていうのは…」
「…あー、えっと。
アイドル志望で、同僚。
話すとちょっとまあめんどくさいところもあるけど、いいやつ」
(お、大雑把だ…)
(雨月、…どうする?)
(おばーちゃんのこともあるし、…とりあえず聞くだけ聞こう)
雪月と小声で相談をして、話を聞くことを決めて。
…これが多分、俺と雪月のこれからを変えたんだと思う。
「…とりあえず、話を聞くだけでも良いですか?
まだ、よく分からないことが多いので…」
「もちろん。
じゃあ、まず俺の仕事から……」
「…ってわけ、なんだけど…」
一通り話を聞いて、数分くらい。
俺と雪月の感想は全く同じで。
「本当に、アイドルのスカウトが仕事だったんですね…」
「…ああ。
まあ俺かなり怪しかったとは思うけど…」
「あの雨の中、ずぶ濡れで立ってましたしね…」
「でも、ちゃんとした人みたいなので…信じます」
「!」
「…でも、アイドルになるかどうかは…」
「俺たち、おばーちゃん…祖母と暮らしてるので、相談してからでも良いですか?」
「ああ、もちろん。
連絡はいつなら空いてる?」
「…えっと、明日は学校があるので、放課後なら」
「了解。
携帯とかは持ってる?」
「…あ、はい、これです」
「じゃ、この番号登録してもらって…。
明日、ここからかけるから」
「わかりました」
そうして、柳原さんと別れた後。
いつものようにおばーちゃんとご飯の用意をして、今日のことを話す。
「俺たち、今日アイドルのスカウト受けたんだ」
「…アイドルの?」
「うん。
…その、ちゃんと話を聞いたから、怪しい人じゃないとは思うんだけど…」
「2人は、アイドルをやりたいの?」
「……」
そうおばーちゃんに聞かれて、ちょっと返答に困って黙る。
俺たちが、アイドルをやりたいか…。
「2人がやりたいのなら、私に遠慮はしなくていいのよ。
やりたいことを、やりたいだけやりなさい」
「……うん」
「2人はとても優しくて強い子。
私の心配をしてくれる、とってもいい子。
…だから、やりたいことをやって良いのよ。
好きなように過ごしてくれれば、私は嬉しいわ」
おばーちゃんの優しい言葉を、ゆっくりと噛み締める。
「…おばーちゃんは、寂しくない?」
「雨月と雪月が頑張ってるのをここからでも見れるもの、寂しくないわ」
「…おばあちゃん…」
「それにね、雪月もアイドルになりたいなら、雨月の隣で笑ってなさい。
…貴方は雨月の親友でしょう?」
「…!」
「そうだよ、雪月。
俺たちは双子で家族だけど、親友で相棒だから!
おばーちゃんが言うみたいに、ずっと隣で笑っててよ」
「…雨月…。
……、俺、アイドルになりたい」
「!」
「アイドルになって、雨月の隣で……雨月と、笑ってたい」
「…うん、俺も。
雪月とアイドルになって、悠月街のてっぺんになる!」
「ふふ、2人ならきっとすぐね」
「う、雨月、てっぺんは早いんじゃない…?」
「だって、やるなら1番を目指したいし!
…雪月は違う?」
「……。
…、そうだね、…1番、目指そう」
「…さあ、2人とも。
明日は学校でしょう?
早く寝ないと寝坊するわよ」
「…はーい」
「おやすみ、おばーちゃん」
「おやすみなさい」
そして、朝。
いつものように朝ごはんを食べて、用意をして。
笑顔で手を振るおばーちゃんに見送られて、学校に来た。
…授業はほぼ聞いてなくて、時間はあっという間に放課後になって。
ガラッ
「…あ、雪月」
「まだ、かかってきてないみたいだね」
「…うん」
「雨月、緊張してる?」
「そりゃ、もちろん…」
「昨日、あんなに強気だったのに」
「それは昨日だったから…!
いざかかってくると緊張するも……」
リリリリ…
「!」
静かに着信音を鳴らす携帯に、言おうと思っていた言葉も止まってしまう。
「…雪月、…これって本当に出て良いと思う?」
「柳原さん、って書いてあるし、大丈夫だよ」
ピッ
「も、もしもし…!」
「もしもし。
…雪月です」
「お、ちゃんと揃ってるな?
…じゃ、まずここで、やるかやらないか聞いてもいいか?」
「……やります」
「…分かった。
じゃあ、明日、10時に昨日のカフェで」
「…!」
「分かりました」
ピッ
「……はぁ〜、緊張した…!」
「明日、10時…。
あ、おばあちゃんにも、言わないとだね」
「そうだった!
えーっとじゃあまず帰って……」
電話が終わってすぐ。
俺と雪月はおばーちゃんに明日のことについて話すため、急いで家に帰った。
「…ってことで、明日10時に話をするんだけど…」
「明日の10時ね。
私もついて行った方がいいかしら?」
「…あ、どうしよう…」
「契約書って言ってたし、その方がいいかも」
「…わかったわ」
……、こうして、急遽、おばーちゃんが一緒に来ることを柳原さんにメールで伝え、了解を得て。
…いよいよ、朝が来た。
「雨月、雪月、忘れ物はない?」
「えーっと、携帯はあるしハンカチも持ったでしょ、えーあとは…」
「雨月、ボールペンとかは持った?」
「…あ」
「それは私のがあるから大丈夫よ。
…ほら、4本も!」
「…俺たち、3人で行くのに?」
「多い方がいざって時に役に立つのよ。
…さ、そろそろ行きましょう」
「はーい」
雪月と声を揃えて返事をする。
…玄関のドアを開けたら、ちょっとだけ緊張がやってきた気がした。
おばーちゃんと話をしながらカフェに着くと、外から柳原さんがいるのが見えた。
「…もういるね」
「あら、あの人が2人の言ってた人?
…真面目そうね」
「…うん、多分いい人…だと思う」
カフェの店員さんに待ち合わせです、と伝えて柳原さんの元へ。
…玄関でやってきた緊張が、さらに強くなった気がする…。
「…初めまして、柳原冷と申します。
本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
(すっごい丁寧だ…)
(本当に、昨日の柳原さん…だよね?)
予想していたよりもしっかり挨拶をされて、雪月と小声で会話をする。
「丁寧にありがとうございます。
雨月と雪月の保護者の柊小夜です。
関係は祖母で、今一緒に暮らしております」
「…はい、事情は軽く聞いてます。
どうぞ、お座りください」
丁寧な柳原さんに慣れないまま、言われた通り前の席に座る。
…さっきからずっと、柳原さんが別人みたいだった。
「アイドルにスカウトされた、と2人から聞きましたが、本当ですか?」
席に座って、すぐおばーちゃんが言う。
…大人の会話、って感じがする。
「はい、本当です。
こちらが弊社のサイトと住所になっておりまして……」
…それから数分して。
丁寧な柳原さんは説明を終えて、おばーちゃんは満足そうに頷いた。
「…ちゃんとしたところで良かったわ」
「…ありがとうございます」
一通りの説明を受けて、おばーちゃんが笑顔で言った。
…柳原さんも、あの丁寧な感じでお礼を言ってて。
「…さて、じゃあここからは2人の番ね」
「…!」
「大人の会話ばっかりで分かりにくかったと思うけど、ここからは雨月と雪月が話しやすいように前に戻すから」
「…ありがとう、ございます」
「じゃ、聞きたいこととかあったらなんでも聞いてくれ」
「……」
急にそう言われて、昨日までは浮かんでたはずの質問が1つも出てこない。
…何か、聞きたかった気はするんだけど。
「…って、まだ何も始まってないのに聞けないか。
……アイドル、本当になっていいんだな?」
「…はい」
「俺、雪月と歌って踊れるならやりたいです!」
「それはもちろん。
俺はどっちかに、じゃなく、2人に声をかけたんだしな」
「…!」
「2人一緒で、これからよろしく」
「…はい!」
そんなこんなで、おばーちゃんと柳原さんの話がちょっとあって。
契約書にサインをする、とか、寮の話とか。
"これから"のことをいくつも決めて。
柳原さんとの話が終わったのは、夕方だった。
「雨月、雪月」
「ん?」
「?」
「アイドル、楽しんでね」
「…!
…もちろん!
おばーちゃんがびっくりするくらい、テレビに出るから!」
「…だから雨月、それはまだ早いって…」
「…あと、」
「?」
「ライブが決まったら必ず言うこと!
おばーちゃん、すぐ観に行くからね」
「……それはちょっと、早すぎるような…」
「あら、早くなんてないわよ。
今日柳原さんがね、デビューのライブがあります、って言っていたんだから」
「ええ、デビューライブ…?」
「テレビじゃ見れないやつ、だよね…きっと」
「ふふ、もちろん観に行くわ。
笑顔で歌って踊る2人を!」
「…うん、その頃にはきっと、アイドルっぽい感じになれてたらいいな」
「なれるわよ、すぐに。
素敵なメンバーの方も、いるみたいだし」
「…おばーちゃん」
「…ん?」
「俺たち、絶対でっかくなるから、見ててね」
「…もちろん。
ずっと見てるわよ、2人のこと」
「……なんか、まだ家を出る日ってわけじゃないのに寂しくなっちゃったな」
「…私も、」
「……」
「私もよ。
雨月と雪月なら大丈夫。
そう思ってても、寂しいものね」
「…いつか」
「…?」
「いつか、絶対帰って来てまたおばーちゃんに話をするから」
「…ええ」
「……」
「そんな泣きそうな顔しないの。
…帰って来たら、抱きしめてあげるわね」
「…うん。
俺も、ぎゅってする」
「…、じゃあ、俺お土産買って来る!
ばにゃにゃとか、美味しいものたくさん!」
「…ばにゃにゃもいいけど、ぴよこもお願いね」
「…了解!」
ちょっとの寂しさとこれからの不安を笑顔で吹き飛ばすように。
大丈夫、って3人で笑いあった。
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